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回想自転車旅行記~37

1969年 3月1日 土曜日  雨後晴れ 15℃

 起床は8時半。昨晩寝る前にコーヒーを飲みすぎたが、よく寝むれた。やはり疲れが重なっているのかな。髭を伸ばそうと思ったが、なかなか思うように伸びないので4日ぶりに髭をそる。角田さんはもう学校へ行ったのか見かけない。僕の今日のプランは市内観光だけで、特別にこれといって見ておきたいと思うものはないが、とりあえずスペイン村・コロンブスの塔・聖家族教会へ行くことにする。
 Y.H(マルセイユユースホステル)の食堂で朝食をとった。コーヒーとパン、バターだけだが、とにかくセットして出してくれる食事はありがたい。出掛けから雨が降り出した。出掛けるのをやめようかと迷ったがバルセロナに滞在するのは今日1日だけなので行くことにする。雨の中をとぼとぼと歩いていると無性に海が見たくなった。港へ行こうと思うが雨足が強くなりどうも思うように歩くことができない。なので海の近くに着いた時には12時を回っていた。昼食にハム.みかん.パンを買って自転車で走っている時と同じような食事をしたが、昨晩Y.Hで食卓に着いて食べた夕食のような味わいが感じられない。食事は、落ち着いて複数の人と楽しく取るのがベストですな。

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回想自転車旅行記~36

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1969 2月27日 木曜日  雨 12℃

  昨晩は、寝るのが遅くなったので疲れが少し残っている様だ。 朝の出足から走っていると体がどうも重く感じる。昨日は少し無理をしたせいもあるのかな。「今日中にバルセロナに着かねば」という事もないから、今日の走りは楽しみながら行こう。無理を重ねると良い結果が出ないだろう。思ってみるとこのスペインも山道が多い。トルコのような山道そのものではないが、丘陵が多くかなりの急坂にたびたび出会う。そろそろ長旅の疲れも出てきているのか坂道が前方に見え始めると「ヤーレ!又坂道か」と気分の方で先に疲れてしまう。今日3時頃になって久しぶりに海を見ることが出来た。一寸気分転換が出来た。僕は山よりも海の色や波の音・広さに癒される傾向が強いようだ。
 そして、僕はどうもスペインに対して認識不足だったようだ。これといった下調べもしていなかったので「闘牛」と「フラメンコ」に「ドンキホ-テー」程度に思っていたが、文化習慣の違いはあるものの商店街に並んでいる物や街の感じはフランスとあまり変わらない。

本日の出費:ワイン 10P ハム200g 20P バナナ 10P ケーキ 6P パン 9P


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回想自転車旅行記~35

1969 2月25日 火曜日 晴れ PM3:00 17℃

 荷造りをしながら、ふと、前のタイヤを見るとパンクしている。朝の出掛けに気分の悪いパンクだ。昨晩石畳の穴ボコにはまった時(パンクしないかな?)と思ったがやはりダメだった。早速修理にかかるが、穴が小さいのでどこから漏れているのか全くわからない。川の水を汲んできてぶっかける。修理は終わったが、タイヤが上手く車輪に収まらないのでドライバーでこじ入れる。ようやくの思いで収めて空気を入れたらまだ漏れている。タイヤを収める時にドライバーでこじたのが悪かったらしい。仕方なくもう一度やり直すと今度は3箇所も穴があいていた。Y.H(マルセイユユースホステル)で貰ってきたパンク修理部品がこんな所で役に立つとは。修理や荷造りを終えたのが10時過ぎ。サァ出発だ。今日の目的地までは140Kmある。最近太陽の沈むのが7時頃なので時間は充分あるから走れるだろう。丘はあっても山道がないから少し楽に走れる。この辺もぶどうの産地なのかぶどう畑が一面に続いている。秋のたわわに実ったぶどうの収穫風景も見てみたいな。今日は、公園のベンチに寝る。少し寒いが寝れないことはなかろう。

本日の出費:パン0.94F ワイン1.60F ケーキ1.30F タバコ1.65F

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回想自転車旅行記~34

1969 2月21日 金曜日 晴れ

 このY.H(マルセイユユースホステル)に居ると食事だけが楽しみだ。昼食後ホステルで出会った仲間と3人で街に出てみる。近くのアパート周辺を歩いてみるが特別にフランスという雰囲気を感じることもなかった。この国の昼休みは2時間以上ある。彼らののんびりとした1日の生活を見ていると、日本で過ごした僕の生活は何だったのだと思う。公園のベンチにて日光浴をしている者、街角の空き地で鉄玉を投げてビリヤードの様なゲームをしている老人達、歩道に乳母車を止めて編み物をしている主婦、1日を味わいながら生活している感じが非常に強い。これで彼らが長生き出来なければおかしい。日本人ももっとこの様な生活習慣を学んで良いと思う。(もっとも経済的に許されるなら)。今の日本の「お金を稼ぐだけの生活」から趣味や楽しみを味わいながら暮らせるようになるには何年かかるだろう。ヨーロッパの人にとって労働は余暇をエンジョイして人生を楽しむための資金調達手段。 日本では生活するための必要経費を稼ぎ出すもので、ちょっと余ったら皆でワイワイ言いながら酒を飲むか、人込みの行楽地に行くぐらいだ。

「あの頃には40年経た現在の日本を想像出来ませんでした」

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回想自転車旅行記~33

1969 2月19日 水曜日 曇り後雨 PM 3:00 12℃

 今日の予定はトゥーロンまで110Km。あいにくの雨模様。どうもヨーロッパに入ってから雨が多くて走りにくい。しかしスカッと晴れた時の気持ち良さは最高だ。足もとも軽やかにサイクリングが出来る。今日は少し追い風気味なので思い切り飛ばすことにしょう。地中海の海岸線といい海の色といい「素晴らしい」の一言につきる。本当にこういう所で長期滞在したいものだ。また、昨日行ってきたモナコの海洋博物館に広重の鯛や鯖の絵が展示されていたのには驚いた。日本の最高級クラスの作品がこんな所まで持って来られているとは。異国で見る日本の作品も味わい深い。地下の水族館には世界各国の魚がいてとても面白かった。館内に水族館らしい音楽を流してムードを上げているところなどは流石シャンソンの国だけある。今日はどうも登り坂が多くて疲れる。最後の大きい坂450mぐらいだったが、この一週間の疲労が押し寄せたのか動けなくなり、八百屋にてレモンを買って丸ごとかじると、腹の中が燃えるようになってきた。
 夜、寝る場所を捜しながら走っていると8時ごろ予定地を越えてマルセイユのセンターまで来てしまう。

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生け花

新年あけましておめでとうございます。皆様におかれましてはお健やかに新しい年をお迎えのこととお慶び申し上げます。本年もどうぞよろしくお願い致します。

 私は茶道を習った事がないので茶花についてあまり良く知らないのですが、茶室やお寺の床の間・廊下・厠などによく生けられています。バランスがうまく保たれ、きりっと生けられたそのたたずまいは自然にあるかのように心の奥に響いてくるような姿かたちをしています。生けられたものにはまるで別の命が宿ったかのような存在感をしめして、見るものに対して強烈な印象を一瞬にしてあらわします。これこそ茶花を生ける醍醐味でしょう。通常、茶花は年中行事や茶事に合わせるそうですが、家庭で生けるときはその季節に応じた花や枝、葉の力を選び、完璧にしようと思わなくとも日常にこの茶花があることで家の雰囲気はぐっとしまるのではないでしょうか。一本入れてみませんか。

春=椿、梅、山吹、牡丹、杜若 夏=木槿、蓮、朝顔、鬼灯、蒲
秋=桔梗、撫子、浜菊、杜鵑草 冬=水仙、木瓜、蝋梅、薮柑子


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回想自転車旅行記~32

1969 2月18日 火曜日 晴れ PM 3:00 15℃

 午前中、モンテカルロ・モナコの街に観光に出る。噂に聞いたカジノに行ってみたがオシャレな制服を着た門番のおっさんが薄汚い無精ひげを生やした僕を睨みつけるので、写真を撮って早々に引き揚げてきた。建物は外装から見ても相当立派なものだ。ここだけでなくイタリアのリビエラといい、フランスのコートダジュ-ルといい私ども貧者の来る所ではないらしい。この辺はお金が有り余り使うのに四苦八苦している人達が居る所らしい。この海岸筋のどの街に行ってもヨットハーバーがあり、日本では見られないほどお金をかけたヨットやクルーザーが浮かんでいる。おそらくあのボート1隻で僕が一生遊んで暮らしても余る位の金額はするはずだ。この辺に住んでいる人達は何か優々としていて、少しもせかせかした所がない。一日で体を使うのは朝夕2回海岸を夫婦で散歩するだけじゃないのかな?高価な車を持って、豪華な家に住み、最高のフランス料理を食べ、ビンテージの美味しいワインを飲み、夏にはヨットやメガボートで地中海を散歩する。思っただけでむかむかしてくる。去年走ってきたパキスタンやアフガンの子供達が学校へも行けずに働いていた世界とは天国と地獄のような差だ。

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回想自転車旅行記~31

1969年 2月16日 日曜日 曇り時々雨 PM3:00 12℃

 目が覚めたのは9時を少し回ってから、昨晩のビールが効いたのか良く眠れた。駅員が何か文句を言ってくるかと思ったが、何も言わずに寝かせてくれたのがありがたい。花のリビエラと案内状に書かれていたがそれほど暖かくはない。しかし、海の色の美しいこと、又海岸線に沿って花壇で美しい公園を整備しているのは他の土地では見られなかった。特に海の色がコバルトブルーに輝いて素晴らしい。浜辺もきめ細かいソフトな砂なので海水浴場としては最高の条件を兼ね備えている。ホテルなども僕たちがとても近づけない豪華なのが立ち並んでいる。モーターボート・セーリングボート・メガヨット、日本では見たことのない高価そうなのが所狭しと並んでいる。どうやらヨーロッパの人はお金が有り余っているのか、つまらない所に金をかけるものだ。今日は日曜日なので老夫婦・若いカップル・子供づれが腕を組んだり手をつないだりしながら海岸を散歩している。老夫婦が海岸線を腕を組んで歩いているのを逆光のシルエットで見ているとなかなか洒落たものだ。日本人の所得がもう少し上がればこの様な風景が見られ、昼食はレストランでという事になるのだろう。今日も駅で寝かせてもらう。


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回想自転車旅行記~30

1969年2月14日 金曜日 曇り午後より雪 PM2:00 3℃

駅の待合室で寝ていると1時頃、ポリスが起こしに来て「ここを閉めるので出ていけ」と言う。殺生な話だ。外は冷たい風が吹いているというのに。「何処か寝る所がないか」と聞くと「金を出してホテルへ行け」などばかげたことを言う。お金に余裕があれば、わざわざこんな所に寝に来ないわ。今さらどうしようもなく、駅の横に歩み板があったのでそれを敷いて寝袋で寝ることにする。服を着たままで寝袋に入ったがやはり少し寒かった。まあ、仕方がない。お金さえ出せばこういう事にはならないのだから、しかし僕は無銭者ではなく少しだがお金は持っている。ただ今使う事が出来ないだけだ。解ってくれよ、ポリスのおっさん。5時ごろ又、待合室に行ってみると開いていたのでもう一度ここで寝なおしをする。やはり外より寝こごちがよい。寝袋を日航に預けて今日半日はミラノ市内見物だ。ミラノ城もなかなか美しい中世の城としては代表的なものらしい。煉瓦造りで味わいがある。サンタマリア・グラッツエ寺院に入ると正面にあの有名な「最後の晩餐」の壁画があり迫力満点だ。世界に名声高きスカラ座に期待をしていたが、ちょっと期待が外れた感あり。それでもミラノは文化都市だけあって名建築が多いようだ。PM3:00ミラノを出発。

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回想自転車旅行記~29

1969年2月12日 水曜日 雨 PM3:00 9℃

 朝の出掛けから雪が降っているので走るのが億劫だが、こんな所(建築現場)にもう一泊なんてとても出来ないから仕方なく出発する。追い風でスピードが出る、これで雨が上がってくれたら最高なのだが。オーバーシューズの底が抜けているので雨が入ってきてとても冷たい。雨足が急に強くなったので途中の農家に雨宿りをお願いし、飲み水をもらいに行った。すると「寒いのなら中に入らないか」と言ってくれ、コーヒーまでいただいた。こういう時のコーヒーは最高に美味しく心の中まで暖かくなる。雨がやんだようなので走る、12時前だというのに凄く腹が減っている、走っていると3時間ごとに食事が必要だ。
 今日は、昨日のように山道がないので楽しいサイクリングと思っていたら、又雨が降りだした。雨宿りする所もなく走っていると、後ろから来た長距離トラックの運ちゃんが「何処まで行くのか?」と聞くので「ジェノバだ」と言うと「おれも行くから乗って行け」と言ってくれた。雨宿りのつもりで乗せてもらうことにする。イタリア人は気さくで、親切な人が多い。彼らは最終ミラノまで行くとのことなので言葉に甘えて便乗することにする。

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